バトン承継コンサルタントの浅野泰生です。
今回は、最近いただいた講演の機会に考えたことをお伝えいたします。

会社が成長しなければならない理由

先日とある業界団体に招かれて、対面形式で講演をする機会をいただきました。
お客さまの反応を見ながら講演を進めていくうちに、当初話す予定にはなかったある会社のことを思い出しました。

今日は「会社はなぜ成長しなければならないのか?」について考えていきます。

私はこれまで300名以上の後継経営者・後継予定者から直接話を聞いてきました。
そのなかで、3年ほど前に会った後継経営者との会話を思い出しました。

彼は、都内で印刷業を営む会社の2代目でした。承継して10年、パート・アルバイトを含めて20名ほどの規模です。
社員の定着率の話題になりましたとき、彼は、得意げに「継いでから誰一人として辞めていない」と答えました。
社員が辞めるときの理由はさまざま、経営者も複雑な感情が入り混じる場面ではありますが、少しの間でも一緒に仕事をした仲間が辞めていくのは淋しいものです。

10年間で誰も辞めていないことは、本当に素晴らしいことだと思いました。
問題はその後、承継してからの業績の話題に及んだときでした。

「この業界も厳しくて、売上は10年間ほぼ横ばいです」と、流石に先ほどの得意げな表情はありませんでしたが、どことなく環境のせい、景気のせいとでも言いたげに悪びれる風もなく語ったのです。

さらに聞くと、この10年間で一人たりとも採用していないとのことでした。

社員が辞めないことは経営の目的か?

社員が辞めていく状況を是とするつもりは毛頭ありませんが、社員が辞めないという一点だけを捉えて称賛することは間違いだと思いました。

後継経営者が死守すべきことは、継いだ会社を潰さないこと。その大前提のうえで、継いだ会社を成長させ、ついてきてくれた社員やその家族を幸せにしていくことが、後継経営者の使命です。

10年間、同じメンバーで業績も横ばいということは、社員の待遇も10年間、何も変わっていないということです。

人間は誰しも一年に一つずつ歳を取ります。こちらの会社は全員が10歳、歳をとったわけです。定年後の継続雇用の世代であれば、いざ知らず、若い世代の社員が10年ものあいだ給料が上がっていないのは大問題です。

このとき私は、社員の定着を目的にしてしまっては、手段が目的化してしまうことに気づきました。
経営者は、会社の成長を優先しながら、結果として社員が辞めない状態を理想とすべきです。

経営者が会社を成長させなければならない理由は、会社に貢献してくれる社員をより幸せにしていくため。
これは経済的な幸せだけを指しているのではありません。会社の成長は社員のやりがい、待遇両面を向上させるものだからです。

もちろん、経営者には様々なスタンスがあります。すべての人に、私の考えが当てはまらないかもしれません。
ただ、私自身はこれからもこの考え方をもとに成長を目指し、また、成長を強く望む後継経営者に多くの時間を使っていくつもりです。